多く人が経験する、副作用の「下痢」。
外出先や仕事中、常に心配しなければいけない嫌な副作用ですよね。
でもその反面、軽視されがちな副作用でもあると思います。
「もともと便は緩い体質だから心配ない」
「放っておけば、そのうち良くなる」
「ヨーグルトを食べておけばOK」
そんな声を少なからず耳にします。
しかし、抗がん薬使用中に起こる下痢は「命を脅かす危険性」があることを知っていますか?
下痢は脱水を起こすだけでなく、敗血症という重篤な感染症を起こすことがあります。
では、なぜ下痢が起こるのか?
どのような下痢が危険なのか?
どのように対処したら良いか?
一緒に見ていきましょう!
下痢の原因
まず、漠然と使われている「下痢」ですが、その言葉の定義は以下のようになっています。
・通常時に比べての排便回数の増加
・便の粘稠性(ネバネバ感)の低下
・便重量の増加
実は人の体ってとても精密にできいて、下痢になると体の水分バランスが崩れてしまいます。
下の図を見ていただくとわかるように、消化管の中では9Lの水分が分泌されて、8.9Lの水分が再吸収されます。
つまり普段、便として出ていく水分量はその差の0.1L、全体の1%にあたる量です。
それが「下痢」になると、消化管からの分泌量が増えたり、再吸収がうまくいかなくなったり、そのバランスが崩れて脱水状態になってしまうのです。
では、どのような原因で下痢になるのでしょうか?
その原因は多岐にわたりますが、その一部をご紹介します。
急性 | 慢性 |
・ウイルス感染症(ノロウイルスなど) ・細菌感染症(サルモネラ菌、ウェルシュ菌など) ・薬剤性(便秘薬、抗菌薬、抗がん薬など) など | ・薬剤性(急性と同じ) ・過敏性腸症候群 ・食事による影響(カフェイン、香辛料など) ・潰瘍性大腸炎 ・手術の影響(胃のバイパス術など) など |
がん治療に関連する下痢としては、手術の影響、薬剤性といった原因が該当しますね。
また大腸がんや膵がんなど、がんそのものによって起こる場合もあります。
そして「薬剤性」では、多くの抗がん薬が下痢を起こすことが知られています。
下痢を起こしやすい抗がん薬はこちら↓
ここに記載してる抗がん薬は一例で、他にも多くのお薬が下痢を起こすことが知られています。
一般的に細胞障害性抗がん薬(いわゆる抗がん剤)は、細胞分裂の早い細胞に作用しやすく、腸管粘膜もそれに該当するため下痢が起こると考えられています。
また、イリノテカンでは腸管の運動が活発になったり代謝物が腸管粘膜を攻撃したり、ボルテゾミブでは自律神経を障害したり、アべマシクリブでは小腸絨毛が萎縮するなど、薬剤ごとの特徴も知られています。
危険な下痢とは?
冒頭でお伝えしたように、下痢は重篤化して致命的になることがあります。
そんな「危険な下痢」とは具体的にはどのような症状でしょうか?
それは、以下のような下痢を指します。
・1日あたり7回以上 排便回数が増加(Grade3)
・1日あたり4~6回 排便回数が増加(Grade1~2)かつ感染性腸炎のリスク(発熱、嘔吐、血便など)がある
・脱水がある
そしてこのような場合は、一般的に入院治療が必要になることを知っておいてください。1)
抗がん薬治療中では、下図のように「好中球の減少」が下痢の時期と重なりやすく、特に注意が必要です。
出典:がん情報サービス「細胞障害性抗がん薬の副作用と発現時期」より
好中球が減少していると感染性腸炎に罹患しやすく、そこから敗血症に発展して致命的になることがあるため、注意してください。
発熱を伴う下痢があれば、病院を受診しましょう!
下痢の対策
ここからは下痢にどのような対策ができるのか、見ていきたいと思います。
日常生活でできる下痢の対策として3つが推奨されています。1)2)
①脱水を防ぐための水分補給
②食事の工夫
③排便回数を記録
①脱水を防ぐための水分補給
1日コップ8~10杯の水分補給が推奨されています。
ここで気を付けていただきたいのが、下痢では水分だけでなく電解質(ナトリウムやカリウムなど)も排泄されてしまうということです。
そのため水やお茶でも水分補給ができますが、下痢のあるときにはスポーツ飲料や経口補水液がおすすめです。
ただし、これらの飲料は飲みすぎはあまり良くありません。
例えばOS-1® 500mL中には、味噌汁1杯分のナトリウム、バナナ1本分のカリウムが含まれています。
ナトリウム(高血圧)、カリウム(腎障害)の摂取制限のある方は特に注意してください。
下痢や大量の発汗などがあるときに限り、1日500〜1,000mLを目安に飲むようにしましょう。
②食事の工夫
食事管理について、一般的な対策をご紹介させていただきます。
管理栄養士さんに指導を受けられた方は、そちらを優先してください。
下痢時の食事の工夫として、まず少量の食事をこまめに食べることを意識してください。
これによって食べたものが消化されやすくなります。
次におすすめの食品、避けた方がよい食品をご紹介します。
これらは「この食品だけ食べる、この食品は絶対ダメ」というものではなく、あくまで「おすすめ」といったニュアンスになることに注意してください。
③排便回数を記録
先ほど排便回数の増加によって、「危険な下痢」になることをお伝えしたように、その重篤さを知るために「排便回数」を記録することが大切です。
さらに回数だけでなく「便の状態」を一緒に記録することをおすすめします。
「便の状態をどう伝えたらいいかわからない」
という方は、ブリストルスケール(下画像)を活用してください。
出典:ブリストルスケールのイラスト【フリー素材】|看護roo![カンゴルー] (kango-roo.com)
1日の排便回数を伝える、イラストを見せて便の状態を伝える、これを意識しましょう!
下痢の治療薬は、下痢が起こったタイミングやその症状などから選択されます。
ブチルスコポラミン、ロペラミド、半夏瀉心湯®などが使用されますが、適切な薬物治療を受けるためには、症状をしっかり伝える事がとても大切です。
また、下痢が続くと肛門のトラブルも起こりやすくなります。
ウォシュレットなどを利用して、肛門周囲を清潔に保つことを意識しましょう。
また痛みなどがあれば、塗り薬もあるので医療者へ相談してくださいね。
まとめ
今回、下痢についてその症状や原因、危険性、対策などをご紹介しました。
抗がん薬治療中は、下痢症状を放置せず、しっかり対策しましょう。
また夏場では汗もかきやすく、脱水になる方も多いので注意してください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
下痢の副作用とその対策 -まとめ-
・下痢には様々な原因があり、手術や抗がん薬の影響で起こりやすい
・抗がん薬の中でも起こりやすい薬が知られている
・好中球減少と下痢はタイミングが重なりやすい
・発熱が合併するような「危険な下痢」は、病院を受診する
・対策として、水分補給、食事の工夫、排便の記録を行う
・医療者に症状を伝えるときは、排便回数・便の状態を伝える
・便の状態はブリストルスケールを活用
参考文献:
1)Benson, Al B 3rd et al. “Recommended guidelines for the treatment of cancer treatment-induced diarrhea.” Journal of clinical oncology : official journal of the American Society of Clinical Oncology vol. 22,14 (2004): 2918-26. doi:10.1200/JCO.2004.04.132
2)Maroun, J A et al. “Prevention and management of chemotherapy-induced diarrhea in patients with colorectal cancer: a consensus statement by the Canadian Working Group on Chemotherapy-Induced Diarrhea.” Current oncology (Toronto, Ont.) vol. 14,1 (2007): 13-20. doi:10.3747/co.2007.96
3)岡本るみ子,佐々木常雄 編. がん化学療法副作用対策ハンドブック. 第3版, 羊土社, 2019年, 517p. p93-97
4)中西洋一 監, 対応の流れと治療のポイントがわかるフローチャート抗がん薬副作用.じほう, 2020年,293p. p77-86
この記事を書いた人
薬剤師として総合病院に10年間勤務し、がん専門薬剤師、緩和薬物療法認定薬剤師、NRサプリメントアドバイザーを取得 / 緩和ケアチーム立ち上げを経験 / 2020年よりがん患者さん向けに情報発信を開始 /現在薬局で勤務しながら(株)Ribbons Baseを運営 / MBA(経営学修士) / 書籍 超リテラシー大全(サンクチュアリ出版)監修協力
にしかわ@がん患者さんのためのパーソナル薬剤師(@Pharma_nishi) / Twitter
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