抗がん剤といえば、「吐き気」、「髪が抜ける」、「だるさが強く普通の生活が出来なくなる」といった印象があるのではないでしょうか?
実際には全ての治療でそのような症状が起こるのではなく、使用する抗がん剤の種類によって大きく異なります。
治療法の進歩と共に副作用の現れ方は変化しています。
今回は薬剤師の視点から、がん治療中の「吐き気」についてまとめたいと思います。
今回はがん専門薬剤師くろねこが記事を書かせていただきました。
よろしくお願いいたします。
がん薬物療法による吐き気
2003年と2013年、がん患者・体験者に対して悩みに関する調査が行われました。1)
2003年の結果では「薬物療法による吐き気」は第6位となっています。
2013年にも同様の調査が行われましたが「薬物療法による吐き気」は10位までのランクには入っていませんでした。
順位 | 2003年 | 2013年 |
1位 | 抗がん剤による脱毛 | 抗がん剤による副作用症状(その他) |
2位 | 抗がん剤による副作用症状(その他) | 抗がん剤による脱毛 |
3位 | 持続する術後後遺症(痛み・肩こり) | 抗がん剤による末梢神経障害(しびれ・違和感等) |
4位 | リンパ浮腫によるむくみ | 治療後の体力低下・回復 |
5位 | 持続する術後後遺症(その他) | リンパ浮腫による症状(その他) |
6位 | 薬物療法による吐き気 | 持続する術後後遺症(その他) |
7位 | 治療後の体力低下・体力回復 | 抗がん剤による副作用の持続(その他) |
8位 | ホルモン剤治療による更年期症状 | 抗がん剤による食欲不振や味覚変化 |
9位 | (持続する症状)痛み | 持続する傷跡とその周辺の痛み、痺れ、つっぱり感等 |
10位 | 罹患前の症状に戻れるか | 今後の健康管理 |
この表にあるように、10年間で吐き気で悩むことはなくなったのでしょうか?
いえ、決してそんなことはありません。
医療の進歩によって吐き気は軽減していますが、完全になくなったわけではないのです。
では、なぜ治療のために使っている薬で吐き気が出てしまうのでしょうか?
吐き気の原因
小さな子供が嫌いな食べ物の代表である、ピーマンやトマト。
これらは苦味や酸味があり、人間は本能的に「苦味は毒」、「酸味は腐ったもの」を連想して避けていると言われています。
人間にはこのような異物に対する「防衛本能」が備わっているのです。
脳にはセンサーがあり、異物が体内に入ってきたことを感知すると、嘔吐を引き起こして体外に出そうとします。
抗がん剤による吐き気もこの「防衛反応」のひとつであって、
体内に入ってきた薬を異物(毒物)と認識し、嘔吐することによって体外に出そうとしているのです。
しかし、治療のためといっても、体にとって異物となる薬を投与してもよいのでしょうか?
この点に関しては別の機会で詳しく解説が必要ですが、結論だけ言えば適切に使えば問題ありません。
抗がん薬を飲んだり点滴したりすると、血流にのって全身に広がり、腫瘍(がん)に到達した薬が効果を発揮します。
すべての薬が腫瘍だけに届いてくれれば良いのですが、残念ながらそういうわけにはいきません。
目的ではない場所に作用してしまうと副作用となり、その一つに吐き気があります。
つまり抗がん薬による吐き気は、脳にあるセンサーが「異物が侵入してきた」と、反応することによって、
抗がん剤を体の外へ出そうとする働き、これが吐き気の正体なのです。
吐き気は「異物から守ろうとする防衛本能」
体にとって意味のある症状になります。
次に、対策について見ていきましょう!
吐き気の対策
がんの治療薬は日々進化しています。
新しい薬は比較的吐き気の副作用が弱く、古くから使われている抗がん剤は吐き気が強い傾向にあります。
また抗がん剤だけでなく、吐き気を抑える薬も進化しています。
このように近年では強い吐き気が起こる頻度は少なくなっていますが、完全に無くなったわけではないため、実際に症状があるととても辛いものです。
吐き気に対する効果的な方法は「吐き気止めを適切に使うこと」です。
吐き気の原因のところで説明しましたが、人の脳が抗がん薬を「異物」と認識することで吐き気が起こっています。
このことを逆手にとった、「一時的にセンサーの機能を低下させる薬」が吐き気止めとなるのです。
現在、主に使用されている抗がん薬に対する吐き気止めには、以下のようなものがあります。2)
- セロトニン拮抗薬
(パロノセトロン、グラニセトロンなど) - ドパミン受容体拮抗薬
(ドンペリドン、メトクロプラミドなど) - NK1受容体拮抗薬
(アプレピタント、ホスネツピタントなど) - ステロイド薬
(デキサメタゾン、ベタメタゾンなど)
※薬剤の名前はすべて「成分名」で記載しているためご注意ください。
これらの薬を組み合わせて使用することが多いですが、吐き気止めにも副作用があるため、
「たくさん使えば良い」というわけではなく、症状に応じて組み合わせや量を調節する必要があります。
また抗がん薬治療中の吐き気は、吐き気止めで抑えられることが多いですが、その感度は「薬の種類」や「個人差」によって異なることが知られています。
そのため症状の強さは一様ではなく、薬を使っても完全に抑えきれない場合があるのです。
今回は薬の話を中心にしておりますが、「食事の工夫」や「環境の整備」など薬以外にもできる対策があります。
そのため困ったことがあれば、遠慮なく医療者に相談してください。
治療のために、吐き気に耐え続ける必要はありません。
症状があるときは、一度相談してください。
少しでも楽になるような工夫ができるはずです。
また気をつけておかなければならないポイントがあります。
それは吐き気が起こる要因は複数あるということです。
抗がん剤の治療中だからといって、すべて抗がん剤が原因とは限りません。
たとえば、高カルシウム血症、脳転移、便秘、腸閉塞など。
そのような場合は吐き気止めを使っても、効果が十分に発揮されません。
吐き気止めを調節してもよくならない場合は、他の原因も考える必要があるのです。
可能な範囲で症状を記録して、医療者に伝えるようにしましょう。
「いつ吐き気があるのか(点滴治療から3日目まで、病院へ行くと吐き気がでるなど)」
「なにかのタイミングで吐き気がでるのか(食事の後に吐き気がでる、立ち上がった時など)」
「吐き気止めの効果はどうか(少しは効いている、途中から効かなくなったなど)」
このような点を記録して伝えると、薬を調節する際の参考になると思います。
まとめ
ここまで「がん治療中の吐き気」についてお伝えしてきました。
この記事を読んで、吐き気で悩む人が少しでも減ってくれると嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
がん治療中の「吐き気」
- 吐き気は以前と比べると抑えることができるようになった
- 症状に合わせて吐き気止めを適切に使うことが大事
- 薬だけでなく食事の工夫や環境整備も有効
- 治療のために吐き気に耐え続ける必要はない
- がん治療中に吐き気が起こる原因は抗がん剤だけではない
- 症状を記録して医療者へ伝えることで薬の調節がしやすくなる
- 症状があるときは、遠慮せず医療者へ相談しましょう
参考文献:
1)2013がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査 報告書概要版 「がんの社会学」に関する研究グループ
0000129860.pdf (mhlw.go.jp)
2)日本癌治療学会「制吐薬適正使用ガイドライン 2015年10月【第2 版】一部改訂版 ver.2.2(2018年10月)」
がん診療ガイドライン│制吐療法 (jsco-cpg.jp)
この記事を書いた人
薬剤師になり大学病院に約10年勤務 | 家族のがんをきっかけに緩和ケアへ関わる | がん専門薬剤師資格を取得 | 大きな組織の中で自分の役割を見失う | 地方の病院へ転職し薬剤師として貢献できることを模索中
くろねこさん、ありがとうございました。
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