『味覚障害』はがん化学療法を受けた方の56.3%、放射線治療を受けた方の66.5%に起こると言われています。
味覚障害が起こると食欲が低下して、それが続くと栄養状態も悪化してしまいます。
更にQOLの低下や精神的な苦痛も伴い、徐々に治療へのモチベーションが奪われてしまうことも。
食事は本来「楽しむ」という役割を担うものです。
食べることが「苦痛」から「楽しみ」に変えられるよう、その予防や対策について解説しました。
それでは一緒に見ていきましょう。
味を感じる仕組み
まず最初に、人はどのようにして「味」を感じるのでしょうか?
味覚として塩味、甘味、酸味、苦味、旨味の5つの「基本味」を感じることができます。
食べ物が口の中に入ると、
①味を「味蕾」の味覚受容体細胞で受け取る
↓
②その刺激が神経細胞から脳に伝わる
↓
③脳が「これは甘い」などと認識する
といった流れです。
ちなみに味蕾は人間の舌に約10,000個あり、舌だけでなく上あごの粘膜などにも存在することが知られています。
また喫煙や加齢などによって味蕾が減少することで、塩味などが感じにくくなると考えられています。
なぜ味覚障害が起こるのか?
普段は当然のように感じることができる味覚ですが、なぜがん化学療法によって味覚障害が起こるのでしょうか?
それには主に3つの原因が考えられています。
- 味蕾の味覚受容体細胞の減少
味覚のセンサーである味覚受容体細胞が減ることにより起こります。 - 細胞構造や受容体表面の変化
口の中が乾燥して荒れたり、感染や炎症を起こしたりすることで構造の変化が起こります。 - 神経伝達系の障害
味蕾で受け取った味信号がうまく脳に伝わらないことで味覚障害が起こります。
その他にも、食欲不振や心理的な不安感、緊張感などによっても影響を受けます。
さらに味覚障害といってもその症状は様々で、
・味が感じにくくなる味覚減退
・本来の味とは異なる感じ方をする異味症
・何を食べても嫌な味がする悪味症
などが知られています。
それと同時に風味を感じる「嗅覚」の変化を伴うことも少なくありません。
味覚障害が起こる時期としては、化学療法を開始して3週間後ほどで起こることが多いですが、開始直後から起こる場合もあります。
化学療法中は症状が持続し、化学療法終了後3か月ほどで改善することが多いと考えられています。
味覚受容体細胞は約10日でターンオーバーして細胞が入れ替わります。
細胞分裂が早い細胞ほど抗悪性腫瘍薬の影響を受けやすいです。
味覚障害を起こしやすい薬剤
多くの抗悪性腫瘍薬によって味覚障害が起こることが知られていますが、その中でも頻度が異なります。
その中でも味覚障害を起こしやすいお薬は以下のとおり。
薬効群 | 薬剤名 |
アルキル化薬 | シクロホスファミド |
代謝拮抗薬 | フルオロウラシル、S-1、カペシタビン、UFT |
微小管阻害薬 | パクリタキセル、ドセタキセル、エリブリン、ビンクリスチン |
プラチナ製剤 | シスプラチン、オキサリプラチン、カルボプラチン |
アンスラサイクリン系 | ドキソルビシン |
分子標的薬 | イマチニブ、スニチニブ、ラパチニブ、エベロリムス、 パニツヌムマブ、トラスツズマブ、レゴラフェニブ |
薬効群(薬の効き方の違い)によってダメージの受け方にも違いがあります。
例えば、代謝拮抗薬のフルオロウラシルなどは、味蕾への障害だけでなく粘膜障害や、口腔内乾燥などを起こします。
微小管阻害薬、プラチナ製剤は、神経伝達系を障害することで味覚異常を起こします。
レジメンに1つは含まれるような抗悪性腫瘍薬ばかりです。
副作用を乗り越えるためにどのような工夫が必要か見ていきましょう。
予防・対策
ではここから、味覚障害を乗り越えるための方法を紹介していきます。
その方法は大きく3つ ↓↓
- 口腔内の保清
- 口腔内の保湿
- 食事の工夫
❶口腔内の保清
口の中を清潔に保つことが大切です。
具体的な方法として、毛先のやわらかい歯ブラシで1日3回食後の歯磨き、舌のブラッシング、1日6~8回のブクブクうがいなどを取り入れましょう。
❷口腔内の保湿
口の中を常に潤った状態にしておくことが大切です。
具体的な方法について、下の画像を参考にしてください。
ガムやアメは唾液が出やすくなりますが、虫歯や高血糖などのリスクもあるため「シュガーレス」のものを取り入れましょう。
口の中を乾燥させてしまう抗コリン作用のある薬(アレルギーの薬やお腹の痛み止めなど)もあるので、医師や薬剤師に確認してみてください。
唾液腺マッサージは、大唾液腺と呼ばれる耳下腺、顎下腺、舌下腺を刺激することで唾液の分泌を促す方法です。
具体的な方法については、下の画像のように行います。
You Tubeにも多くの動画がアップされているので、そちらも参考にしてみてくださいね。
※ただし顔や首のあたりに放射線治療を行った直後や、痛みが生じる場合などは行わないでください。
< 唾液腺マッサージの方法 >
①人差し指から小指までの4本の指を頬にあて、上の奥歯あたりを後ろから前へ向かって回す。(10回)
②親指を顎の骨の内側の柔らかい部分にあて、耳の下から顎の下まで5ヶ所くらいを順番に押す。(各5回ずつ)
③両手の親指をそろえ、顎の真下から(各5回ずつ)手を突き上げるようにグーッと押す。(10回)
これらの対策は口腔粘膜炎(口内炎)の予防にもなるので、
意識的に行うことをおすすめします。
❸食事の工夫
どれだけ一生懸命に予防を行っても、副作用は起こってしまうものです。
味覚障害によって食事が苦痛に感じてしまうと、がん治療へのモチベーションも下がってしまいます。
そんな時は、下の「食事の工夫」を取り入れてみてください。
ポイントは、味の感じ方によって対策が異なる点です。それぞれ症状に合った対策を行いましょう。
味付けだけでなく、食器が味覚に作用していることも見落としがちなポイントかと思います。
またTwitterで、実際に味覚障害で困った経験のある方から「食べやすい食材・料理」について意見を募集しました。
皆さんからいただいた多くのご意見は別記事、「味覚障害・食欲不振のときに食べやすい食材(体験談)」にまとめたので、そちらも合わせてご覧ください。(現在、作成中です)
その他に「亜鉛(Zn)」が味覚障害に効く、と聞いたことはありませんか?
一般的に、亜鉛の摂取が不足すると味蕾の形成が妨げられると考えられています。
ただし「とにかく亜鉛をたくさん摂ればいい」は間違いで、できればバランスの良い食事から摂ることを心がけましょう。
ちなみに食材としては、牛肉などに多く含まれています。
食事から摂るのが難しい場合、「ポラプレジンク(プロマックⓇ)」や「ノベルジンⓇ」といった亜鉛を補充できるお薬もあるので、病院で医師や薬剤師に相談してみてください。
サプリメントを利用するときは適切な量を守って服用し、使用していることを医療スタッフへ必ず伝えましょう。
亜鉛の摂りすぎで「貧血」を起こすことがあります。
また他のお薬と相互作用を起こすこともあるので注意してくださいね。
まとめ
味覚障害について、その原因や対策について紹介してきました。
皆さんの疑問や不安は少しでも解消されましたか?
治療を続けるための力になれれば幸いです。
最後に「まとめ」です ↓↓
味覚障害の副作用対策
- 「味」は味蕾の味覚受容体細胞で受け取り、神経細胞が脳へ伝えることで認識される
- 味覚障害は、味蕾の減少、粘膜構造の変化、神経障害によって起こる
- 化学療法開始後3週間ほどで起こることが多く、化学療法終了後3か月ほどで改善することが多い
- 味覚障害が起こりやすい抗悪性腫瘍薬があり、その特徴によって原因が異なる
- 対策は3つ、口腔内の保清、口腔内の保湿、食事の工夫
- 歯ブラシやブクブクうがい、唾液腺マッサージなどの自分でできる対策と、口の乾燥を防ぐための薬など医療者の協力が必要な対策がある
- 亜鉛が有効と考えられているが、摂りすぎや薬の相互作用に注意
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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参考資料:
1)脳科学辞典「味蕾」吉田 竜介 味蕾 – 脳科学辞典 (neuroinf.jp)
2)がん化学療法副作用対策ハンドブック第3版(羊士社)
3)対応の流れと治療のポイントがわかるフローチャート抗がん薬副作用(じほう)
4)一般社団法人日本静脈経腸栄養学会 静脈経腸栄養ハンドブック(南江堂)
5)がん治療における口腔支持療法のための口腔乾燥症対応マニュアル(Oral Supportive Care for Cancer Committee OSC3 Members 編)file39.pdf (umin.jp)
6)e-ヘルスネット 要介護高齢者の口腔ケア(厚生労働省)要介護高齢者の口腔ケア | e-ヘルスネット(厚生労働省) (mhlw.go.jp)
この記事を書いた人
薬剤師として総合病院に10年間勤務し、がん専門薬剤師、緩和薬物療法認定薬剤師、NRサプリメントアドバイザーを取得 / 緩和ケアチーム立ち上げ / 2020年よりがん患者さん向けに情報発信を開始 / 薬局で勤務しながら(株)Ribbons Baseを運営 / MBA(経営学修士) / 超リテラシー大全(サンクチュアリ出版)監修協力
コメント
コメント一覧 (4件)
にしかわさんおはようございます。
以前に解答済みでしたらごめんなさい。
オキサリプラチンの食べたら下顎の唾液腺?リンパ腺あたりがギュイーンと痛み出す、涙腺も沁みるような痛みがある時が…
あれは味覚障害のうちでしょうか?改善する方法があれば教えて下さい。シェアしたいと思いまずので宜しくお願いします。
花岡さん
いつもありがとうございます。
ご質問いただいたオキサリプラチンによる症状ですが、末梢神経障害の急性症状の一種ではないかと考えます。
完全に防ぐことは難しいですが、対策として点滴後に冷たいものを摂らない、首の周りを冷やさない、などの方法があります。
ご参考になれば幸いです。
病院の医療スタッフの方にも相談してみてくださいね。
はじめまして、いつもTwitter見てます。
味覚障害については度々悩まされていたので、今回の記事は専門的かつとても分かりやすいもので参考になりました。
食材についてのまとめも楽しみにしています。
ぱんさん
はじめまして。いつもありがとございます。
参考にしていただき嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。