こんにちは。
今回は『眼』に起こる抗がん剤の副作用について解説します。
多くのがんの治療薬が「眼に副作用を起こす」って、知っていましたか?
実はこの副作用、見逃されがちで適切な対策がされにくく、放っておくと元に戻らないこともあります。
あまり知られていないけれど重要な眼の副作用。
あなたは抗がん剤治療を始めてから「眼がかすむ、視力が落ちた」と、感じたことはありませんか?
なぜ見逃されやすいのか?
現在、がんの治療薬は「殺細胞性抗がん薬」、「分子標的薬」、「ホルモン療法薬」、「免疫チェックポイント阻害薬」と、大きく4つのグループに分類されています。
この中で眼の副作用を起こすお薬は、どこに分類されるお薬か知っていますか?
実は、4つの分類すべてのがん治療薬が、眼の副作用を起こす可能性があるのです。
「初めて聞いた」という方も少なくないと思います。
しかし、眼の副作用のことを知らないと、
「加齢のせい」、「スマホの見過ぎ」、「仕事で疲れてる」といった身近な理由をつけて納得してしまいがちです。
その結果、対策が遅れて重症化してしまいます。
そして残念なことに、医療者でもこの副作用の存在を知っている人はあまり多くないと思います。
実際、これまで多くの方に不適切な点眼薬が処方されて、医師へ変更を依頼してきました。
眼の症状は生命に関わるものではないため、医師から軽視されがちなのかもしれません。
がん治療の主治医に相談しても「気のせい」、「老眼だから皆そうなる」と流されてしまったり、
眼科へ受診しても「抗がん剤のことはよくわからないから」と言われ、不適切な点眼薬が処方された、といったご意見も聞きます。
そして重症化、自然には治らなくなってしまいます。
このように、眼に関する副作用症状は自覚しているにも関わらず、見逃されているという場合が少なからずあるのです。
眼の構造
ところで、内服したり点滴した抗がん剤が「眼に副作用を起こす」って、不思議だと思いませんか?
なぜこのようなことが起こるのか、眼の構造と一緒に見ていきましょう。
こちらは眼を横から見たイラストです。
ものが見える仕組みとしては、虹彩で入ってくる光の量を調節して(絞り)、水晶体の厚みを毛様体筋で動かしてピントを調節(レンズ)、それを網膜に写して(フィルム)、視神経を通って脳が映像を認識する、といった感じです。
がん治療薬によってダメージを受けると考えられている部位は、
角膜・結膜・強膜・ぶどう膜(虹彩、毛様体)・視神経・黄斑・網膜など、多くが該当します。
次は、正面から見た眼の周り、涙道のイラストを見ていきましょう。
涙は涙腺から分泌された後に、2か所の涙点から出ていき、鼻涙管を通って喉の方へ流れていきます。
この涙の出口の部位をまとめて「涙道」といい、涙の9割はここから流れ出ていくと言われています。
目薬を使った後に「苦い味」がしたことはありませんか?
これは目薬が涙道を通って喉に流れていくためです。
そして涙腺、涙道もがん治療薬によって障害されることが知られています。
抗がん剤が眼に副作用を起こす理由としては、抗がん剤の成分が涙の中に移ったり、網膜の血管に炎症を起こしたりと様々な原因が考えられています。(機序が不明なものも多いです)
TS-1Ⓡによる涙管障害
眼の副作用を起こしやすいお薬の中に、TS-1(ティーエスワン)Ⓡというお薬があります。
同じ成分で、EEエスワンⓇ、エスエーワンⓇ、エスワンタイホウⓇ、エスワンケーケーⓇ、エヌケーエスワンⓇといった名称のお薬もあります。
TS-1が使用される疾患は、乳がん、大腸がん、胃がん、非小細胞肺がん、膵がん、胆道がん、頭頚部がん、と多岐にわたり使用されています。
この多くの人が使用しているTS-1ですが、なぜ眼の副作用を起こすのでしょうか?
それは内服したTS-1の成分(5-FU)が、涙の中に分泌されることにより「涙道」が傷つけられるためです。
ちなみに5-FUの作用を示すお薬は他にも、カペシタビン(ゼローダⓇ)、5-FUⓇ(点滴薬)などがあります。
涙道は涙の出口なので、ここにダメージが蓄積されると徐々に涙道が狭くなって塞がってしまい、涙が眼から溢れてしまいます。
そしてうまく涙が流れないと、抗がん剤の成分が眼に滞留して角膜(眼の表面)が傷つけられてしまうのです。
これらが起こることで自覚する症状は、以下のようなものがあります。
・涙がたくさん出る
・目がかすむ
・見えにくい
・ゴロゴロする など
対策としては、瞳から早く洗い流すことが大切です。
しかし、自覚症状だけを眼科で伝えると、誤って「眼に潤いを与えるような点眼薬」が処方されてしまうことがあります。
なぜそれが誤りかと言うと、副作用が起こる理由を考えればわかります。
眼に潤いを与えるということは涙を瞳にとどめておく作用、つまり抗がん剤を瞳にとどめて副作用を悪化させてしまうことになるからです。
「眼に潤いを与える目薬はNG!」と、覚えておいてください。
では、どの点眼薬が良いのかというと、以下のようなものがおすすめです。
- ソフトサンティア(市販薬)
- ロートソフトワン(市販薬)
- 人工涙液マイティア(処方薬)
- 生食点眼液(処方薬) など
これらの点眼薬は「人工涙液」という部類になります。
人工涙液とは、その名前の通り人工的に作られた「涙」です。
また同じような名称の点眼薬でも「潤いを与える系」の点眼薬であったり、防腐剤の入った点眼薬があることに注意してください。
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次に、この点眼薬の使い方について。
TS-1の涙道障害に対する人工涙液は、一般的な点眼薬と少し違った使い方をします。
それは「wash out」といって1日6回、1回3滴と頻回に点眼薬を使って、眼を洗うといった方法です。
1日1回、1回1滴だけでは効果を期待できません。
また洗い流すと言っても「水道水」は角膜を傷つけやすいためNGです。
涙道が塞がってしまうと抗がん剤をやめても治らなくなり、治療としては涙管チューブを留置する手術が必要になります。
そのような事態にならないよう、眼の副作用が起こることを認識して、主治医・眼科医へ早めに相談しましょう。
その際には、「知り合いの薬剤師から、TS-1は眼の副作用が起きやすくて、人工涙液を使うといいって聞いた」と伝えてみてください。
または市販の人工涙液を購入して、予防的に点眼しておくのも良いでしょう。
TS-1の症状には人工涙液が適していますが、全ての抗がん剤がそうではないので、医師の指示に従ってくださいね。
まとめ
今回、あまり知られていないけれど重要な「眼」の副作用についてお話しました。
すべての副作用で言えることですが、事前に起こる可能性のある症状、起こったときの対応を知っておくことが重要だと思います。
そのためには医療者とコミュニケーションを積極的に行い、情報を共有しておいてくださいね。
では、今回のまとめです。
抗がん剤による『眼』の副作用
- 多くのがん治療薬が眼の副作用を起こす可能性がある
- 眼に起こる症状は気のせいではなく「副作用」として対応する
- TS-1の場合、抗がん剤が涙の中に分泌されて「涙道」が塞いでしまう
- TS-1の眼の副作用対策は、人工涙液で抗がん剤を洗い流す
- 逆に「眼の潤いを保つ点眼薬」は使ってはいけない
- 「wash out」で毎日頻回に眼を洗うことが大切
- ただし水道水で洗ってはいけない
- 主治医や眼科医その他の医療者に症状をしっかり伝える
参考文献:
・羊子社 がん化学療法副作用対策ハンドブック第3版 「眼障害」p180-185
・静岡県立静岡がんセンター 薬別の眼の症状と対処法 | 静岡がんセンター (scchr.jp)
・MSDマニュアル家庭版「眼の構造と機能」
・公益財団法人 日本眼科学会「涙がでる(流涙)」原因と考えられている病気一覧」
・医師・薬剤師における抗がん剤による眼の副作用の認知度 中嶋 瞳 他 医療薬学 40(6) 360―368 (2014)
_pdf (jst.go.jp)
・抗がん剤による眼障害 柏木広哉 (Cancer Chemother 37(9):1639-1644,SePtember,2010)
gairaicomment_120827_01.pdf (osaka-med.ac.jp)
・ティーエスワンⓇ総合情報サイト 大鵬薬品株式会社
流涙 | 注意すべき自覚的副作用とその対応 | TS-1 ティーエスワン®総合情報サイト | 大鵬薬品 -医療関係者向け情報- (taiho.co.jp)
この記事を書いた人
薬剤師として総合病院に10年間勤務し、がん専門薬剤師、緩和薬物療法認定薬剤師、NRサプリメントアドバイザーを取得 / 緩和ケアチーム立ち上げ / 2020年よりがん患者さん向けに情報発信を開始 /現在薬局で勤務しながら(株)Ribbons Baseを運営 / MBA(経営学修士) / 書籍 超リテラシー大全(サンクチュアリ出版)監修協力
にしかわ@がん患者さんのためのパーソナル薬剤師(@Pharma_nishi) / Twitter
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