『信頼できる医学とエビデンス(前編)』では、血液型などを例に、
「エビデンスとは何か?」について、まきし先生から解説していただきました。
今回も引き続き、エビデンスの考え方についてお話いただきます。
新型コロナウイルスの流行、そしてたくさんの情報からの取捨選択。
ここ数年、皆さんの身近に起こっていた例をあげて、エビデンスの考え方をご紹介していただきます。
まきし先生、よろしくお願いします。
医学とエビデンスについて、
一緒に見ていきましょう!
エビデンスがあることの意味
医療に関する情報は玉石混交です。
特にインターネットで得られる情報はそうです。
多くの患者さんを対象に確認した質の高いエビデンスから、個人の体験談まで、広い幅があります。
エビデンスがあるということは科学的に信頼できる方法で効果が確かめられている、ということです。
ここまで丁寧に読んでくださったあなたは、こう考えるかもしれません。
「個人の体験談だけなら鵜呑みにできない。でもエビデンスがある治療は効果がある」と。
でも、本当にそうでしょうか?
ここで例を挙げて、「エビデンスがあること」と「効果があること」の違いを考えてみましょう。
エビデンスがあっても効果が大きいのかは別問題
ある日、驚くようなニュースが目に飛び込んできました。
日本で新しい病気が見つかったというニュースです。
『○○病という病気が発見されました。かかると確実に死亡する、おそろしい病気です。』
しばらく○○病のニュースが連日報道されています。
ある日、○○病に関する新しいニュースが報道されました。
『○○病の治療薬が開発されました。この薬を毎日内服していると、〇〇病の発症率が50%下がります。』
かかると確実に死亡する病気の発症率を50%も下げるなんて、とてもすごい薬のように感じます。
でも、〇〇病にかかる可能性がとても低かったら、どうでしょうか?
〇〇病は1,000万人に1人が発症する病気だったら、1億2,000万人の日本人のうち12人だけがかかることになります。
すべての国民がこの薬を飲んでいた場合、6人がかかる病気になります。
1億2,000万人がこの薬を毎日内服した場合の効果は、6人が助かるということになります。
「50%が助かる」と言われると大きな効果があるように感じますが、
「6人だけが助かる」と言われると大きな効果がないように感じます。
確かにエビデンスがある治療ですが、エビデンスは見せ方によって大きくも小さくも見せられます。
もし○○病が10人に1人の確率で発症する病気なら、1億2,000万人のうち6,000万人がかかって死亡することになります。
ここで全国民がこの薬を毎日内服していれば、死亡者は3,000万人減ることになります。
これなら大きな効果がある薬だと感じるでしょう。
近いけど違うことを示しているエビデンス
空気中に漂うウイルスによって感染する病気が出現しました。
この感染症は大流行しています。
このウイルスに対して、すごい効果を持つ製品が登場しました。
『部屋においておくと、空気中のウイルスを99.9%除去することが科学的に示された』製品です。
これを使うと、ほとんど感染することがなくなるように感じます。
この製品は大人気で売り切れが続出していますが、実際に効果はあるのでしょうか?
この製品に関するエビデンスは『病原体であるウイルスが99.9%減ること』であり、『病気自体が99.9%減ること』ではありません。
残った0.1%のウイルスでも感染する病気であれば、この製品は有効と言えるのでしょうか?
例えばノロウイルスに感染した人の嘔吐物や下痢便には、数億個のウイルスが含まれています。
そしてノロウイルス50個でウイルス性胃腸炎に感染すると言われています。
感染者が出したノロウイルスが1億個だったとしても、その0.00005%で感染するということです。
(余談ですがウイルスは生物と物質の中間といえるものなので、数え方の単位は個です。)
このエビデンスが示しているのは『代理アウトカム』です。
アウトカム(outcome)は日本語にすると結果ですが、医学の文脈では『関心のある事項についての結果』を示します。
この製品について関心があるアウトカムは『このウイルスによる感染症が減る』ことですが、エビデンスが示しているのは『ウイルスの数が99.9%減る』ことです。
医療者目線でもウイルスの数が減れば感染症が減るように感じますが、ウイルスによる病気の発症そのものが減ると示されない限り、この製品の有効性が示されたことにはなりません。
本当に求められているアウトカムの代わりに、それに関係すると考えられる事項についてのアウトカムを『代理アウトカム』といいます。
代理アウトカムは実際に求められる効果と関連していることもありますが、そうでない場合もあります。
エコーチャンバー効果とは?
インターネット上では多くの人々が、多くの意見を発信しています。
例えばコロナウイルスのワクチンについても、ワクチン推奨派とワクチン反対派の人が、どちらも多くいます。
コロナのワクチンに限らず、多くのことには賛成派と反対派がいます。
○○という治療の有効性について調べた場合にも、有効だと考える人と、効果がないまたは有害だと考える人がいるでしょう。
もしあなたが有効と考えていた場合、
『〇〇という治療 有効』
といったキーワードで検索すると、同じように有効だと考えて意見を発信している人を見つけることができます。
そして「やっぱり○○は有効だ!」と感じるかもしれません。
一方で世の中には、○○という治療は有害だ、と考えている人がいます。
その人々は、
『○○という治療 有害』
というキーワードで検索し、同様に有害と考える意見を発信している人を見つけるでしょう。
そしてその人は「やっぱり○○は有害だ!」という考え方を強めるかもしれません。
有効にしても有害にしても、賛成にしても反対にしても、インターネット上ではどちらの意見も多く見つかります。
そして自分の考え方で検索してみると、自分と同じ意見を持つ人が見つかり、自分の考え方は正しいのだという思いが強くなります。
これは自分の声が反響する部屋(エコーチャンバー、日本語で反響室)に例えて『エコーチェンバー効果』と言われています。
有効性を示したエビデンスがない治療を有効だと思っている場合でも、インターネットで検索するとエコーチェンバー現象で有効だと思ってしまうことがあります。
この状態に陥ることを避けるためには、反対の考え方でも検索してみるとよいでしょう。
そうすると○○という治療は効果がない、という意見も多く見つかると思います。
思い込みの罠を避けることはできますが、結局のところ何が良いのかも分からない、となるかもしれません。
次は、何が良いのかを知る方法をお話します。
よいエビデンスに基づいた治療を受けるために
私は2020年頃から、医療者ではない一般の方に『エビデンス』の話をする機会が何度もありました。
そしていつも感じるのは、エビデンスについての理解は得られても、一般の方々が医療のエビデンスを判断して治療を受けるのは難しい、ということです。
医療に関する情報、エビデンスはとても複雑で、おなじ医師同士でも専門分野が違うことはほとんど分からないくらいです。
ましてや一般の方が理解するのは不可能に近いと感じます。
それでもエビデンスについてのお話をするのは、情報の洪水の中で、医学的に正しい治療にたどりついてほしいと願うからです。
実際に医師として働いていると、効果がない治療や自己流の民間療法をしているうちに手遅れになる人に出会うことがあり、そんなときはいつも心が痛みます。
一般の方にエビデンスの話をするときは、最良の治療を受けるためには専門医に相談するのが一番良い、と言っています。
特に総合病院にいる専門医に相談して診療を受けるのが良いと伝えています。
その分野のトップや権威、有名な名医である必要はありません。
それぞれの診療分野についての質の高いエビデンスを、総合病院にいる専門医は知っている可能性が高いからです。
また総合病院にある診療科には、一般的に複数名の医師が在籍しています。
判断に迷う症例はカンファレンス(会議)で検討され、考えられる中で最も有効性の高い治療方針が選択されます。
質の高いエビデンスに基づいた判断に加え、個々の患者さんの価値観に合わせた治療方針が選ばれる仕組みが備わっているのです。
逆に信頼性の高くない治療は排除されやすいようになっています。
一般の方がエビデンスなどを活用して情報を取捨選択しても、専門医よりも適切に判断することは難しいでしょう。
そのため一般の方がエビデンスの知識を活用するときは、不確かな情報を選ばないために活用していただきたいと考えています。
そしてベストの治療方針を決定するときは、自己判断ではなく専門医の判断に従うのがよいと思います。
さいごに
エビデンスについて理解するのは難しいことです。
これは医師にとっても難しいテーマです。
多くの話をしましたが、複雑でよく分からないと思われるかもしれません。
それも無理のないことです。
一般の方におすすめしたいのは、エビデンスに精通した医師の判断を軸にして、情報は多面的に評価することです。
今回のお話が、皆さまの健康に役立つことを願っています。
この記事を書いた人
眞喜志 剛(まきし ごう)
聖隷三方原病院・救急科 医長 兼臨床研修センター長
日本救急医学会認定専門医、日本集中治療医学会認定専門医
エビデンスに基づいた医学の知識を一般の方も使えるように伝えるメディア『Save Book』を運営
Twitter:マキシ|ドクターヘリ(@maxy89gt)さん / Twitter
まきし先生、ありがとうございました。
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